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17.06.27

ビヨンド・ザ・フィールダー>>vol.12 天と地と[毛無峠]

雑誌「フィールダー」で連載中の『グレートドライブ』も、お陰様で第三回を迎えた。
今回は関東甲信越の中でも、僕がかなりお気に入りの場所を紹介することにした。
ところが取材前日、なんと関東は梅雨してしまったのである。

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おぼろげなる悲劇の山

運悪く梅雨本番の日に行ってしまったのだが、晴天でも雲の通り道になっているため、すぐにガスに隠れてしまう毛無峠。

自慢ではないが、この仕事を四半世紀やってきて、ロケで雨に大雨に降られたのはたったの2回しかない。私生活ではクジが一度も当たらないほど運に見放されている僕だが、仕事の天気運だけはすこぶるいい。

そんな僕でも、お上が梅雨入り宣言をしたとあっては太刀打ちができぬ。出発日は曇天だったが、どう見ても、今回の目的地付近の天気はまずい状況にあることは予想できた。

今回の目的地は、群馬県と長野県の県境にある「毛無峠」。有名な万座温泉から、クルマで30分くらいの場所にある。都内からだと関越自動車道で渋川伊香保ICまで行き、そこから国道145号を西に進み、万座鹿沢口から万座ハイウェイを北上するというルートだ。

今回の旅のお伴はTS7の横濱帆布バージョン。アピオがコラボレーションしたバッグをリリースしているのだが、そのイメージを再現したカラーリングが施されている。車両としては最新仕様ではないが、まったく新しい価値観が与えられたジムニーコンプリートカーに仕上がっている。

TS7に与えられているサスペンションは、アピオ創立者である尾上茂氏が海外ラリーレイドに出場するために開発された。クロスカントリードライブのようにゆっくり脚を動かすのではなく、中高速で細かい路面からの入力をいなすためのダンパーとスプリングなのである。そのため、オンロードを長距離移動して、ちょっとダートを走るというようなシチュエーションが多い「グレードドライブ」には、まさにうってつけの脚と言えるだろう。

今回は高速とワインディングの多いルートだったが、これもストレスを感じさせることなく、快適に僕らを目的地まで運んでくれた。

風雨の中、レジャーシートを被ってシャッターチャンスを狙う山岡カメラマン。まるで、ギリースーツで身を潜めているスナイパー。でも巨匠の写真へのあくなき追求によって、誌面が成り立っている。

万座の温泉地に付いた時点では、意外にも天候はそれほど悪くなかった。毛無峠がある峰を見ても、それほど雲があるようには見えない。「これはラッキーかも」と心を躍らせたが、現実は甘くはなかった。

そもそも毛無峠は雲の通り道にあり、晴天でもガスが発生しやすい場所だ。それが梅雨前線の影響を受けた低気圧が通過中ともなれば、無事なわけがない。峠は強風で流されている雲で覆い尽くされ、辺りは真っ白。時折、ガスが薄くなって山影が見えるのだが、それも一瞬だ。

明日に出直すという選択肢はあるが、それも保証の限りではないので「とにかく、山が一瞬見えたらシャッターを切ってください」と、某国以上に無慈悲なオファーを山岡巨匠に突きつける。でもこういう時、巨匠はアウトドア派のカメラマンなので助かる。身支度を調えてカメラを持って、暴風雨の中でもターミネーターばりに車外に出ていく。で、写真のようにシャッターチャンスをひたすら待つから素晴らしい。もちろん、僕は寒いので車内だが。

さて、後の項で詳しく述べるが、かつてこの近くには大きな硫黄鉱山があり、そこで多くの人が地滑り災害で亡くなっている。毛無峠にも慰霊碑があり、ちょっと恐い場所なのである。巨匠は「霧の中から人がたくさん出て来たらオレはどうするんだ」と言っていたが、「ザ・フォッグ」じゃないんだから、そんなことはあるはずがない。でも、いつでも僕だけ逃げられるように4WDにはシフトしておいた。

ロケでいつもミラクルを呼んできた(と言うと、“必然なんだよ、撮影技術がすごいんだよ”と反論されるが)巨匠の献身的な撮影態度だが、今回は梅雨に勝てなかった。何とか数カットを押さえたが、毛無峠の魅力を伝えられる写真とは言えなかった。天候は徐々に悪化しており、今日は早々に撤収することにした。こんな日はとっとと宿に入って、温泉に浸かってビールを飲むにかぎる。

先史時代から人がいた万座温泉

こうした天井の高い浴場が、万座温泉の宿には多い。温泉手形を買い求めれば、日帰りでも16箇所の温泉巡りが楽しめる。

3時という取材現場ではあり得ない時間に、サッサとチェックインしてしまった僕ら二人。今宵の宿は「万座亭」という宿で、超定番宿の「日進館」の向かい側にある。

さて万座温泉。草津と並んで、群馬の名湯のひとつに数えられている。とにかく山深い場所にあり、近いような遠いような、そんな温泉だ。万座温泉の歴史は古く、遺跡の発掘から先史時代から存在していたと推察される。弥生時代には人が住んでいた痕跡もある。

一般的になったのは明治時代からで、日進館が最初にできた湯宿だ。万座温泉は良質な硫黄泉であることに加えて、標高が約1800mという立地条件から、万病に効果がある温泉として親しまれてきた。

バブル期にはスキーの流行に加えて、映画「私をスキーに連れて行って」のロケ地になったことから、万座プリンスに泊まってスキーをするのが、当時の若者の憧れとなった。かくいう僕も、万座にはこの頃からお世話になっている。

万座ハイウェイを登って、谷間にある万座の温泉街に入った瞬間、途端にあたりに卵の腐ったような臭いが漂う。ちなみに、この臭いを「硫黄臭」という人が多いのだが、実はこれは硫化水素の臭いなのだ。硫黄は無臭。なので、今度この臭いを嗅いだ時は「おっ、硫化水素くさいね」って、ドヤ顔で言っていただきたい。

で、その硫化水素臭が至る所でするわけだが、ご存じの通り、硫化水素は簡単に死ねるほどの有毒ガスだ。酸素系のトイレ用洗剤と塩素系のトイレ用洗剤を混ぜて、よく倒れるという事故が発生しているが、これは硫化水素によるもの。

ジムニーの後ろ辺の道には、「クルマから降りないこと」という看板が出ているくらい、万座は硫化水素が多い危険な地域だ。

万座温泉にも場所によっては硫化水素の危険性を警告する看板が立ち、のんびりした温泉地にも危険が隠れている。万座温泉は1日540万ℓという湯が湧き出る。裏に活火山である白根山を控えていることからもうなずける。一見、すべて真っ白の硫黄泉に思えるが、何と泉質は20種類もあるという。

温泉は、1㎏あたりのわき水に対して1㎎以上の硫化水素が含まれるものをいう。1㎏あたり2㎎以上になると療養泉というカテゴリーになるのだが、なんと万座温泉の湯には場所によって300㎎以上が含有するというから驚きだ。

前述したが、万座温泉は標高約1800mにあることから心臓の働きが活発になり、これが温泉の効能と相まって新陳代謝をよく促してくれる。そのため、様々な効能があるというわけだ。

宿に入ると外は土砂降りになり、露天風呂もなかなかオツなものになった。ちなみに万座温泉、一度入ると、1週間はその臭いが身体から離れない。何も入れていない家の風呂に入ると、その湯が硫化水素臭くなるから相当なものだ。

天と地が交わる所

毛無峠の北側斜面。遠くに志賀高原熊ノ湯が見える。この下に湯沢林道があるのだが、残念ながら昨年の大雨の影響で通行止めが続いている。

さて、毛無峠について少し語りたい。ここには昭和46年まで、硫黄を採掘する小串鉱山が置かれていた。現在の日本においては、硫黄は安い海外産に頼っているが、明治時代から昭和中期までは硫黄は日本各地で盛んに掘られていたのだ。

硫黄は熾火から再び火をおこす生活必需品「付け木」の先に塗られていただけでなく、黒色火薬の原料でもあった。また硫黄は化学繊維の原料でもあり、硫黄採掘は国策のひとつだったのだ。

小串鉱山は大正12年に開かれ、鉱山周辺にはたくさんの人が暮らしていた。昭和9年には尋常高等小学校も開設されるなど、この山はひとつの街だったのである。だが昭和12年11月11日、大規模な地滑りが2度も発生し、子供を含む245名が災害の犠牲となった。毛無峠にある慰霊碑は、この犠牲者を悼むものだ。

また南側の破風山にある索道跡は、小串鉱山の名残だ。峠には鉱山へ下りるダート入口があり(通行止め)、徒歩でしばらく群馬側に下りると、今も鉱山の跡が荒涼とした景色の中に幻影のように残されている。

2日目は念願通りの晴天に恵まれた。相変わらず雲は流れていたが、南の破風山、北の土鍋山がくっきりと見える。雲は高山村方面へと流れていく。かつて、ここで多くの人々が採掘に従事し、索道が音を立てながらせわしく動いていた日々は、もう昔だ。

梅雨の合間の青空は手が届きそうな距離にあり、大地の緑は空に溶け込みそうだった。雄大なこの風景の中で、かつて未曾有の大災害があったなどということは微塵も感じさせられない。所詮、人間の業はうつつであり、天と地は何事もなかったように、また表情を変えていく。峠に佇むジムニーの姿さえも、まるで陽炎のようだった。

<文/山崎友貴 写真/山岡和正>

スタッフ紹介

Yカメこと山岡和正巨匠。腕はいいけど、口が悪い。「オレの写真が最高」が座右の銘。http://kaz-yamaoka.com/wp/
気弱な編集担当ヤマザキ。巨匠が旅館のお茶菓子やハイチューを一人で食べてしまうことを、ずっと根に持っている。
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