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ビヨンド・ザ・フィールダー
VOL.013
人の造りし銀河[櫛形山]
人の造りし銀河[櫛形山]

雑誌「フィールダー」で連載中の『グレートドライブ』
毎回、ジムニーで日本の自然の造った絶景を探すというこの企画だが、
今回は夏発売の号ということもあって「夜景」にこだわってみた。

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馬刺から始まった旅

地元の有名な食堂で頼んだ馬刺。巨匠の腕がいいので美味しそうだが、味の方は凡庸。やはり馬刺は冷凍しないものに限る。

本誌にも書いたが、日本人は夜景好きだ。夜景のスポットと書かれれば、実に大勢の人が訪れる。だが、それでも比較的簡単に行けなければ賑わうこともない。きっと林道を使わないと行けなければ、煩わしいイチャイチャカップルもいないだろうと、最近に愛に飢えている僕は考えた。

美しい夜景で最初に思い浮かんだのが、甲府盆地だった。フィールダーの取材で山に入ることが多い僕は、夜半過ぎに笹子トンネルを通過することが多い。通過後に眼下に見える美しい夜景は、何度観ても心を打つ。

また、南アルプスの峰から低山の陰にわずかに見える街の灯も本当に美しい。

きっと甲府盆地に接した山に登って観る夜景は、さぞ美しいに違いない。そんな想いから見つけたのが、櫛形山(くしがたやま)だ。櫛形山はトレッキングコースとして知られる山。ここに向かって伸びる櫛形山林道は、往年の姿こそ残していないが、まだ一部がダートだというのだ(この認識が後で悲劇を生むのだが…)。

というわけで、僕と山岡“巨匠”カメラマンのダブルマウンテンチームは、南アルプス市に向かった。今回の旅のお伴は、通称ヨシムラ号というカラーリングのTS7。こういうカラーリングは見た目はカッコいいが、少しでもマナーの悪いを運転をしようものなら、ヨシムラとかに苦情電話が入るというリスクを背負うことになる。

巨匠などは、これに乗っていてヨシムラのスタッフと間違われ、バイクに乗ったヨシムラオーナーからピースサインとかされたらしい(笑)。

笹子トンネルを抜けた頃から「腹減ったな〜」と巨匠定番のセリフ。もはや水戸黄門の「助さん、懲らしめてやりなさい」並みにスタンダードとなったこのセリフが出たら、とりあえず食事の時間だ。今日は夜景の撮影だから、スタートが遅かった。着いたら、いきなり巨匠の腹具合を考えなければいけないから、編集の仕事もラクではない。

「で、何が食べたいんですか?」「昔、甲府盆地で食べた馬刺が忘れられないんだよね〜」と、まるで昔食べた餃子の味が忘れられない満州帰りの爺さんのようなことを言う。取材地周辺で馬刺を出すを店を検索して、早速行ってみた。

だが経験値から言うと、馬刺は難しい。脂を注入していない冷凍なしの美味い馬刺というのは、なかなかお目にかかれないものだ。地元では有名な食堂という店に行ってみると、人がたくさん並んでいる。これは期待できるのか!? といやが応にも盛り上がる。

メニューを見たら、馬刺があった。メインは違うものを頼み、馬刺をおかずに食べることにした。

だが…。来た馬刺はやはり冷凍物。色も薄く、この段階で期待度が下がる。食べると、不味くはないが、ウマくもない。まあ、よくある飲み屋の馬刺という感じだ。横の巨匠をそっと見ると、やはり同じように感じているらしい。わざと「巨匠、遠慮しないで食べてください。僕の分も食べていいんですよ〜」と言い、反対側を向いてほくそ笑む。

これで当分、「山崎のチョイスが悪いから、馬刺が美味しくなかったんですよ〜」と吹聴するに違いない。僕としては一刻も早く今日のことを忘れて、水に流してもらいたいと思う。ホース、だけに。

あるはずのダートが…

櫛形山で偶然見つけた林道。軽トラの轍はあるのだが、道幅が非常に狭く、結局途中で引き返した。

昼食の後、地元の観光スポットをいくつか巡り、頃合いを図って、櫛形山林道へと入った。オフローダーの間では知られた、ダート上の夜景スポットは、南アルプス市からクルマで小一時間の所にあるという。

グーグル先生でおおよその場所を検索し、そこまで誘導してもらう。山里を過ぎ、TS4はどんどん山の中へと入った。途中、林道丸山線の表示が現れたが、一向に未舗装路が現れる気配がない。舗装化が進んでいるとは聞いていたが。結局、あれよあれよという間に、ジムニーは現着してしまった。

ダートなんてないじゃないかっ!

何度かその周辺を行ったり来たりしたが、僕が往復することで舗装路がダートになるわけでもない。どうも入手した情報が古くて、この林道は全線舗装されてしまったようだ。これは非常にマズい…。締め切りを考えると、今から場所を変えて再取材する時間はない。

とりあえず、周辺を走り回っていたところ、かつては櫛形山林道の支線と思われる道の入口を見つけた。少し入ってみると、軽トラらしき轍が付いており、最近でも使われているらしい。道の先は櫛形山へと続いているようだ。

入口から30mも走ると道幅が狭くなり、軽自動車でもギリギリとなった。右側は急峻な斜面で脱輪したら、TS7もろとも崖の下だ。こういう時、編集者の心理というのは複雑で、記事をなんとか作らなければいけないという使命感と、クルマを落としてしまったらどう責任を取るかということしか脳内にない。

隣に座っている山岡巨匠や自分の身体がどうなるかというのは、あくまでも二の次。そういう心理状態が伝わっているのか、平然を装っているようで巨匠の顔も明らかにこわばっているのが、ちょっとおかしい。やはり恐い林道ほど、人にはハンドルを任せなくないのだろう。

道はフラットで走りやすいが、先はどうなっているか全く分からない。1㎞ちょっと走ったが、さすがに不安になってきたので、転回ポイントで引き返すことにした。

読者諸兄には申し訳ないことだが、やはりTS7を落とさないことの方が、林道を完走することよりも僕の中で優先順位が高い。ただ、地図で確認すると、この林道は櫛形山の登山口駐車場に向かう舗装路に繋がっていることが分かる。安全に通行できるかは定かではないが、貴重な林道のひとつだ。


南アルプス市周辺には、実は多くの林道が存在する。だが、そのほとんどが通行止めや舗装という憂き目にあっている。この辺は土壌が脆く、豪雨で崩れてしまうことが一番の要因のようだ。滅多にクルマが通らない林道に、修復するための税金は投入できない。

昨今、この地域に限らず、他の場所でも土砂崩れを修復できずに通行止めのままにされている林道が多い。走れる未舗装の林道は、今やレアな存在なのだ。だからこそ、通行する時はマナーを守り、道を大切にしてあげたいと思う。

天地を返したような絶品夜景

林道丸山線をさらに南へと進み、櫛形山林道へと入る。もちろん、この辺も舗装されてしまっている。道は山を回り込むように走っているが、樹木が下界への視界を妨げ、なかなか展望の開けた場所はなかった。実は撮影場所を事前に決めていたのだが、実際に行ってみたところ、道幅が狭くて撮影が難しいことが分かった。

30分も走っただろうか。いきなり視界が開けて、広い駐車場と仮設トイレが出現した。TS7を駐めて下を見下ろすと、素晴らしいパノラマが広がっていた。当初、撮影場所に予定していた所よりも格段に視界が広い。しかも斜面の上には登山者用の東屋もあり、撮影には申し分なかった。

日はまだ高かったが、さっそく撮影準備にかかる。アクティブカメラマンの山岡巨匠はガンガン高台に登り、三脚を2mくらい伸ばしてセッティングをしている。こういう時の巨匠は、助手席でだるそうにハイチューをむさぼっているのと同一人物とは思えない。地元のダメ人間だと思ったら、実は特殊部隊だったというくらいにギャップがすごい。

それから待つこと、2時間ほど。取材日は御盆で、下界では盆踊りや花火が始まっていた。そんな時に誰もいない山中で撮影している僕らは、まさしくスペシャルフォースだと思う。

蚊取り線香を10巻ほどくべて、もうもうとした煙の中で撮影したショットが下の写真。甲府盆地の一部がまるで銀河のように輝いている。16世紀頃は守護大名だった武田氏がこの辺りを統治しており、甲州の府中という意味で「甲府」と名付けられた土地。

父・信虎や息子・信玄も、まさか500年後にこのような発展を遂げているとは、想像だにしなかったであろう。

低山の中腹とは言え、ここは標高約1200m。東京スカイツリーよりも高い。そこから観る夜景は、まさに極上だった。アルプスの稜線で観る天空の星も美しいが、夜景はまるで人間が地上に造った銀河であり、懸命に生きている姿の象徴のようで眩かった。


<文/山崎友貴、写真/山岡和正>